JMC海事振興セミナー

Seminar

第10回JMC海事振興セミナー
「自動運航船に関する民事責任をめぐる諸課題」

開催概要 我が国を含め、各国において自動運航船(MASS)の開発が進められている。国際海事機関(IMO)では、海上安全委員会(MSC)において自動運航船の安全性確保のための国際ルール(MASS Code)の策定が進められ、これに合わせてIMO法律委員会(LEG)においてはLEGが採択してきた諸条約のMASSへの適用について議論が深められてきている。加えてMSCとLEGに簡易化委員会(FAL)を含めた自動運航船共同作業部会(MASS-JWG)がこれまで3回開催され、一定の共通理解が得られてきている。さらに、IMOでの議論に合わせて万国海法会(CMI)においてもMASSの運航に関係した民事責任の問題などが議論されている。
当センターでは、2021年度から「自動運航船の民事責任に関する研究会」を設置し、大学教授、海事弁護士をメンバーとして、MASSに関係した民事責任の問題についての知見を深めてきた。
このセミナーは、MASSに関する民事責任の問題について、国内外での議論の状況をMASSの運航・開発関係者や法曹関係者、海運・物流・保険業界関係者等と共有し、より幅広い議論を促進することで、MASSの開発とその社会的受容に貢献することを目的とする。
日時 2024年7月10日(水) 13:30 ~ 15:30
開催方法 オンライン(Zoomウェビナー) 
場所 海事センタービル4階会議室
(〒102-0083 東京都千代田区麹町4-5)
開会挨拶

(公財)日本海事センター 会長 宿利 正史

開会挨拶

開会挨拶

講演1

東京大学大学院法学政治学研究科教授(IMO MSC-LEG-FAL共同作業部会共同議長)
後藤 元 氏

講演資料

「国際海事機関における自動運航船の法的側面に関する議論の動向」

略歴

講演2
パネルディスカッション

東京大学大学院法学政治学研究科教授 藤田 友敬 氏

パネルディスカッション

略歴

閉会挨拶

(公財)日本海事センター 常務理事 下野 元也

閉会挨拶

閉会挨拶

セミナー動画
(通し)
https://www.youtube.com/watch?v=XaivJcl3h1U

当日のプログラム

第10回JMC海事振興セミナーの開催結果(概要)

1.開催の概要

令和6年7月10日、海事センタービル4階会議室において、第10回JMC海事振興セミナーを開催しました。

今回は、「自動運航船に関する民事責任をめぐる諸課題」と題して、ZOOMを活用したオンライン配信を実施し、多くの視聴者から参加登録をいただき、盛況裡に開催することができました。


2.講演内容

(1)東京大学大学院法学政治学研究科教授(IMO MSC-LEG-FAL自動運航船合同作業部会共同議長) 

 後藤 元 様

 「国際海事機関における自動運航船の法的側面に関する議論の動向」


  国際海事機関(IMO)における初期の検討作業としてRSE(Regulatory Scoping Exercise)(IMOの各委員会が所管条約と自動運航船(MASS)の運航の関係を整理)を紹介したうえで、海上安全委員会(MSC)、簡易化委員会(FAL)、法律委員会(LEG)での議論状況、これら3委員会に下に設置された合同作業部会での議論状況を説明。合同作業部会では、自動運航船の船長を通常の船舶の船長と本質的には同じ者であるという意味で“MASS master”ではなく“master of MASS”と呼ぶこととした上で、機能的・分析的アプローチをとり、①MASSの場合も、運航モードや自動化のレベルに関係なく、MASSについて責任を負う人間の船長(master)が必要であること、②技術と乗船者の有無によってMASSに乗船していない者が船長となり得ること、③MASSの船長は、必要な場合には介入する手段を有していなければならないこと、④複数のMASSの船長を一人の人間が同時に兼ねることができること、⑤MASSの航海中、複数の船長がその地位を順次引き継ぐことも可能であることなどが合意されていることが説明されました。また、MASSと国連海洋法条約との関係では、IMOに同条約の解釈権限はないものの、同条約がMASS関連の規制策定を阻害することはないという前提で議論が進められており、旗国領域外に存在する遠隔操作センターの監督についてはISMコードに基づく船舶管理会社の監督と類似のメカニズムを予定していることなどが紹介されました。法律委員会ではMSCでのMASSコードがある程度形になってきたところで所管条約を再検討し、その後民事責任一般の問題も議論される予定であるとのことです。


(2)慶応義塾大学法学部教授((一財)日本船舶技術研究協会「(自動運航船)安全ガイドライン等策定委員会」委員、国土交通省交通政策審議会委員) 

 南 健悟 様

 「国内外での議論の動向を踏まえたMASSに関する民事責任の考え方」


日本法適用を前提とし、船舶衝突事故を想定すると、損害賠償責任発生の根拠となる規定は商法690条(「代位責任ルール」と呼ぶ。)であり、船主間の責任分担については商法788条が適用され、諸外国における衝突責任ルールも基本的には同様と考えられることが説明されました。そのうえで、航海士が乗船していない完全自律船や自律操縦機能に依拠して人の見張りをシステムによる警告があった場合などに限定するような半自律船では、人の故意・過失が措定できず、厳格責任ルールの導入の可否が問題となるとの説明がありました。続いて、古くは国際条約案を作成し、現在ではIMOなどの国際機関のオブザーバーとして条約の作成に貢献している万国海法会(CMI)の活動が紹介され、CMIの自動運航船国際作業部会における検討状況、CMIロンドン会議でのシンポジウム、同モントリオールコロキアムでの作業部会や公開セッションでの議論などが説明されました。加えて、CMIにおいても厳格責任を認める可能性、システム開発者等に対して責任追及し得る可能性、システム開発者等の責任制限の可否、さらには船主の過失推定責任の導入の可能性などが議論されていることなどの論点をあげ、いずれの論点についても現時点でCMIとして何が望ましいかを決定していないことや、CMIでも引き続きこれらの論点につき議論が行われることにつき説明がありました。最後に、自動運航船の登場により船舶衝突の民事責任の原則が変わるのかどうかについて考察を加えたうえで、法律家の想定する自動運航船と技術者が現実的に想定している自動運航船に乖離がないように、すり合わせていくことの重要性が強調され、加えて、CMIについては2025年5月に東京で予定していることの紹介もなされました。


(3)パネルディスカッション

コーディネーター:東京大学大学院法学政治学研究科教授(国土交通省海事局自動運航船検討会座長) 

藤田 友敬 様


1) 後藤教授への質問と回答

【藤田教授】IMOにおいては、現在のところMASSコードなど安全基準に関わる議論が先行していて、MASSの民事責任に関する議論はあまり進んでいないという認識で良いか。また、当面はMASSにかかる民事責任の問題は既存条約や各国法に委ねられることになるが、差し当たりはそういう状態でも自動運航船の実用化との関係では障害にならないという認識だと理解して良いか。

【後藤教授】安全性に関するMASSコードの議論が終わらないと、どうともならないという認識はそのとおり。MASSコードの後、法律委員会で何を議論するかとしては、一つはタンカーの油濁損害に対する民事責任条約(CLC)など、既存条約のある部分だが、それはある意味周辺的な部分。南先生が話されたようなことが正面から取り上げるのは少し先になるように思う。法律委員会の議場でもCMIから説明が行われたものの、大事な議論ではあるけれども後でやりましょうということになった。それでも、自動運航船の実用化に支障はないだろう。とりわけ、完全自律船が登場するまでまだ時間がかかるとすると、誰も責任を負う者がいないという状況は想定されず、今のまま運航しても何か大きな欠落が生じるわけではないと思われる。


【藤田教授】MASSコードを踏まえた法律委員会所管条約のレビューが今後行うべき作業として示されているが、法律委員会所管条約のうち具体的にどのようなものがそれに当たるか。

【後藤教授】タンカーの油汚染については船主に責任集中することになるが、責任集中の対象に遠隔操作センターが入るのか、当該センターは船主が雇っていることになるのか、それとも独立の主体なのかといった位置づけがはっきりしていない。今まで存在していなかった主体を、どのように位置づけるか。条約改正まで必要になるかはわからないが、少なくとも明確にしておく、解釈をはっきりさせておく必要はある。ただしタンカーをMASSにするということは、しばらくは考えづらいかもしれない。他にもバンカー条約などの責任関連の条約があり、責任限度額は海事債権責任制限条約(LLMC)を使っているが、責任制限の阻却事由をどう考えるか。例えば、MASSの場合の「無謀な行為」とは何かということは問題となり得るし、MASSに人がいない場合に海難救助をどうするかといったものもある。ただしそれが手当されないとMASSが運航できないという話ではない。


【藤田教授】 通常の船舶の船長が果たす役割を機能的に分析して、そういう機能を果たす者を“master”と概念整理し、MASSと従来の船舶に共通な“master”という上位概念で括り、“master of MASS”と表現するということであるが、「通常の船舶の船長の果たす役割」を機能的に分析するというときに、船荷証券の発行や各種の契約締結義務、海難救助といったものは含まれてこない等、現在船長が果たすすべての役割を含んでいるわけではなく、コアとなる部分を意味していると理解してよいか。もしそうだとすれば、どういったものが「通常の船舶の船長の果たす役割」なのか。

【後藤教授】“master”というのは、通常船もMASSも同じであるという点は指摘のとおり。MASSの場合には“master”としてやらなければならないことが何かということが正面から問題になる。ただし何となくのイメージはできてきているが、そこまで。安全面、環境面を含めて、どこまで“master”に託すのか、そのあたりがMASSコードで対処されると考えている。現時点で、何が入り、何が入らないか明確になっているわけではない。議論の前提として、主要な条約から“master”と書いてあるものをひろってリスト化している。それを各委員会でも参照してもらう、MASSコードの策定に当たっても参照していただく。契約の締結などは今のところ議論の俎上に上がっておらず、コアな機能ではないと理解されていると思う。また、遠隔地に“master”がいるとすると、そこから救助の話をすることは難しい。ただし通信の接続が切れた場合に、船上にいる者の中の最上位者が観念されたとして、その人が果たす役割はいったいどうなるのかといった検討課題はある。とはいえ、これも海上安全委員会での話。このように個別に検討課題を見ていきましょうということになったことが、合同作業部会での議論の成果ではないかと思っている。


【藤田教授】「通常の船舶における船長の機能」という表現のもと、現に通常の船舶において船長の果たしている機能のうちMASSと共通していて検討するにふさわしい機能だけを抜き出して検討しているように思われる。そうなると、ここでいう“master”は、各国の国内法に見られる船長の定義や職務とずれてくる可能性がある。IMOにおけるこの文脈での作業のための概念としてはそれで良いとしても、そのまま各国法の解釈論などにこのような概念整理を持ち込むと混乱するおそれがあり、また国連海洋法条約との関係でも混乱を生ずるような気がする。あくまで作業のための概念整理と位置付けるべきではないかと考えて質問した。

【後藤教授】作業中のワーキング・タームとして使われているのはそのとおりだが、現時点でまったく別物としてしまうと概念法学的な反発が起きる可能性があるので、個別に議論するうえでまずは共通のものとして認識して議論を進めるための概念と理解している。最終的にどう書かれるかはわからない。特に国連海洋法条約の部分が一番難しいかもしれないが、いずれにせよ作業途中での整理。


2)南教授への質問と回答

【藤田教授】自動運航船の所有者の責任について、代位責任という角度から分析されていたが、自動運航プログラムに欠陥があり危険な船舶を運航させること自体が船舶所有者の過失となり、不法行為が成り立つ可能性があるのではないか。そうなると完全自律運航になった場合、代位責任を問うことはできなくなるかもしれないが、船主について通常の不法行為責任が生じるということではないのか。また完全自律に至らない段階でも、船員が関与する段階であっても、船員が一定の条件のもとで航行をプログラムに任せきっても良いと認めるような場合には、その範囲では代位責任は成立しなくなるが、船舶所有者が別途一般の不法行為責任を負うことが想定されることも出てくるのではないか。

【南教授】今回は議論をわかりやすくするために商法690条の話に限定した。これは、これまで船舶所有者が責任を問われるケースでは船員の過失による代位責任の場合が圧倒的に多かったため。しかし指摘のとおりシステムのプログラム等に欠陥があることを知っていたか、知ることができたということになると、船主自身の故意・過失の問題となり、船主自身が損害賠償責任を負うということになると思う。それは現行法を維持したとしても特段問題なく発生し得る。この点と関連して、日本法を前提として、どこまであり得るケースかわからないが、船員法には船長は堪航能力を検査しなければならないという規定もあることから、船長が同義務に違反している場合には、選手の責任につき商法690条で処理されることもありうる。船長がプログラムの欠陥を見つけられるかという問題は当然あるわけだが、そういった点を梃子に過失責任を前提とする代位責任を使うということも十分あり得る。話を戻すと、プログラム等の欠陥を知っていて船主がその船を出港させた場合、これは船主自身の過失責任になるので、MASSであろうとなかろうと、船舶がセミオートノマスであったとしても、基本的に状況は変わらないだろう。


【藤田教授】本日の報告では、製造物責任は正面から取り上げられなかったが、将来、船員、船長がプログラムに依存するような運航形態が許されるようになると、製造物責任が問われる可能性が少なくとも従来の船舶に比べると高くなるのではないか。

【南教授】製造物責任の問題は今回捨象したが、指摘のとおり自動運航システム、自律操縦システムを製造しているメーカーやプログラム開発事業者が欠陥のあるプログラムを設定してしまった場合、既存の船舶よりも、造船会社やソフトウェア会社が製造物責任を問われる可能性が高まるのではないか。一方でどれだけ高まるかというと予測はしがたい。プログラムの欠陥を証明する必要があり、どこまで証明できるかにも依存する話だと思う。厳格責任を導入するべきだという立場からは、製造物責任により、ソフトウェア会社や造船会社による開発を阻害するという懸念が出てきてしまう。そこで、原則として、船主の責任集中という考え方が出てくる可能性がある。船主は条約や船主責任制限法に基づく責任制限ができるので、一旦船主が責任をとったうえで、もし欠陥が証明できるのであれば船主からソフトウェア会社や造船会社に対して責任を追及するという可能性は出てくる。製造物責任を負う者に対して直接責任を負わせてしまうと、そういった者は責任制限ができないので、厳格責任の方が製造者に対する責任を実質的に制限できるようになるのではないかということも指摘されている。


【藤田教授】CMIにおける検討を色々と取り上げていたが、CMIはアカデミックな学術団体という性格である。自動運航船の問題について検討を行っている学術団体は数多くあるが、CMIについてこれだけのスペースを使って説明されたのは、CMIの検討は通常のアカデミックな団体における検討とは異なる意味があるということか。

【南教授】CMIを中心に紹介したのは、CMIの役割に注目しているから。CMIは古くからある、海事法の学者や実務家によって構成される団体であるが、実際にここで議論されている内容は、CMIがIMOなどの会議にオブザーバーとして参加し、実際に意見などを述べ、検討課題を指摘し、提案をしている。CMIは条約を直接決定、策定している組織ではなくなってきているが、策定をめぐる議論を通じて、専門家として意見を述べる立場にあるということで、一定の政策的検討を行う集団として非常に重要な地位を占めている。そういうことからCMIでの議論を紹介した。

【藤田教授】CMIは、IMOにおいてオブザーバーとして直接発言する権利を持っているという点で単なる学術団体とは立場が違うということに加えて、IMOには民事責任に必ずしも詳しくない政府代表が多い中でCMIの意見が大きな影響力を持つ可能性があるので、私的な一学術団体の検討であるにもかかわらず取り上げることには意味があると思う。


この他、対面での参加者、視聴者からの質問を受けて、講演者から回答があった


  以上


(注)

この概要は速報性を重視し、事務局の責任で編集しているものであり、発言の取り上げの不足やニュアンスの違い等がある場合がありますので、正確な内容については必ず画像と音声をご確認頂くようにお願いします。

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